電車で読書したいけど周りの目が…|タイトルを見られる恥ずかしさの正体
「電車で本を読みたいけど、なんか恥ずかしい…」
こう感じたことがある人は、意外と多いと思う。
通勤・通学の移動時間で読書ができたら、毎日の往復で合計1時間あるなら月に約20時間。年間で約240時間もの読書時間が生まれる。
でも実際に電車で本を開こうとすると、妙な抵抗感がある。タイトルを見られたらどうしよう、とか。
私の場合、タイトルを見られる恥ずかしさ自体はあまりない。基本的にブックカバーをしているからだ。ただ、別の理由で集中できなかった時期がある。
私の場合:「知的に見られたい下心」で集中できなかった
正直に書く。
電車の中で読書をしているとき、ほとんどの人がスマホを見ている中で、自分だけ本を読んでいると「まわりから知的に見られないかな」という下心があった。
恥ずかしい話だが、本当にそう思っていた。
そしてこの下心があるとき、100%読書の内容は頭に入ってこない。本を開いてはいるが、意識は周りの人の目に向いている。「今どう見えてるかな」と気にしている時点で、読書に集中できるわけがない。
結局、電車の中で本を開いていても「読書のポーズを取っている人」でしかなかった。これは本当にムダな時間だった。
「タイトルを見られている気がする」問題
知恵袋にはこんな投稿がある。
「電車の中で本を読んでいると、周囲の人にタイトルを見られているようで気になります。特に自己啓発系の本だと、なんか恥ずかしくて…」
この気持ちはわからなくはない。「嫌われる勇気」とか「お金の増やし方」みたいな、内容がストレートに伝わるタイトルの本だと、余計に気になるだろう。
ただ、冷静に考えれば他の人はそんなにあなたのことを見ていない。
スポットライト効果:自分が思うほど他人は見ていない
心理学で「スポットライト効果」と呼ばれる現象がある。人は自分の行動や外見が他人にどう見られているかを、実際以上に過大評価してしまう。
コーネル大学の研究では、恥ずかしいTシャツを着た場合、本人は「50%くらいの人が気づいているはず」と予想したのに、実際に気づいていたのは25%程度だったという結果が出ている。
つまり、電車で本を読んでいるあなたのタイトルを見ている人は、想像よりずっと少ない。ほとんどの人はスマホに夢中で、隣の乗客が何を読んでいるかなんて気にしていない。
自意識過剰は脳の正常な反応
「自意識過剰な自分がおかしい」と落ち込む必要もない。
自意識過剰は人間の脳に備わった正常な機能だ。集団の中で自分がどう見られているかを察知する能力は、もともと生存に関わる重要なスキルだった。その名残が今も残っているだけだ。
電車で「見られてるかも」と感じるのは、脳が正常に動いている証拠であって、恥ずかしいことではない。
電車で気にせず読書を楽しむ方法
①ブックカバーをつける
いちばんシンプルな方法。ブックカバーをつければ、タイトルは物理的に見えなくなる。
私は基本的にブックカバーをしている。だからタイトルを見られること自体は気にならない。
書店でもらえる紙のカバーでも十分だし、布製やレザー製のものを使えば愛着も湧く。
②Audibleならそもそも本を開かなくていい
イヤホンをつけて音声を聴くだけで読書ができるAudibleなら、外から見たら音楽を聴いているのと変わらない。タイトルどころか、読書していること自体が周りにわからない。
満員電車で本を開くスペースがないときにも使える。
③「読書している自分」を肯定する
文化庁の調査によると、1ヶ月に1冊も本を読まない人は全体の約47%にのぼる。そんな中で移動時間を使ってでも読書をしようとしていること自体、別に恥ずかしいことではない。
ただし、私のように「知的に見られたい」という下心が入ると逆効果になる。周りの目を意識した瞬間、読書の集中は消える。
読書は自分のためにやること。周りにどう見られるかは、正直どうでもいい。これに気づいてからは、電車でも普通に読めるようになった。
【まとめ】気になるなら物理的に対策、気にしないならそのまま読む
- 「タイトルを見られている」は脳のスポットライト効果。実際はほとんど見られていない
- ブックカバーで物理的に隠せば解決
- Audibleなら「読書していること自体」が周りにわからない
- 「知的に見られたい」という下心は100%集中を妨げる
電車の読書は最高のスキマ時間活用法だ。周りの目なんて気にせず、自分の読書に集中してほしい。
ブックカバーさえつけておけば、タイトル問題はだいたい解決する。あとは自分の本の世界に入り込むだけだ。


コメント