読書に集中できない原因は脳の仕組みにあった!|自分を責めないで

「本を読みたいのに、集中できない…」

これ、私がずっと抱えていた悩みです。

「よし、今日こそ読むぞ!」と本を開いても、3ページも進まないうちに意識がどこかへ飛んでいく。頭の中に「そういえばあの件やってないな」「明日の仕事どうしよう」「あ、PS5の続きやりたいな」みたいなのがどんどん割り込んでくる。

私は昔から「やらなきゃいけないことを後回しにする」性格なので、読書中に未処理のタスクが頭をよぎるのは日常茶飯事。仕事の嫌なことが浮かんできたり、逆に趣味のことを考え始めたり。

気づけばスマホを手に取っている。読んだはずの内容が何ひとつ思い出せない。「これ、どうしたらいいんだろう…」と、ずっと困っていました。

でも、調べていくうちに分かったんです。

読書に集中できないのは、意志が弱いからでも能力が低いからでもなく、「脳の仕組み」の問題だった。

この記事では、その原因をできるだけ分かりやすく書いていきます。

目次

同じことで悩んでいる人、めちゃくちゃ多い

まず言っておきたいのが、読書に集中できないのは私だけじゃなかったということ。

知恵袋を見たら同じ悩みだらけだった

私が「読書 集中できない」で知恵袋を検索してみたら、もう出てくる出てくる。

「本を読んでいても、10分で集中力がゼロになります」

「文字を目で追っているだけで、内容がまったく頭に入ってきません」

「気づいたらスマホに手が伸びています。自分の意志が弱すぎるんでしょうか?」

こういう投稿が何十件、何百件とある。しかも10代の学生から50代の会社員まで、年齢も性別もバラバラ。

これを見たとき、正直ホッとしました。「あぁ、みんな同じことで悩んでるんだ」って。

読書に集中できないのは、ものすごく「普通」のことです。

私の場合はもっとひどかった

知恵袋に共感しまくっていた私だけど、正直、私の状態はもっとひどかったかもしれない。

当時は長時間労働と夜勤で心身ともに疲弊していて、「いつになったらこの仕事辞められるんだろう」と思いながら毎日をやり過ごしていた。

ある休日、妻と行きつけのショッピングセンターに出かけた。

気分転換のつもりで多摩センターの丸善に寄ったら、私が尊敬している作家で精神科医の樺沢紫苑先生の新刊が目に入った。

『読書脳』

読書の仕方を脳科学で解説した本。「これだ!」と思って即購入。

そのままサンマルクカフェに入って、妻と並んで本を開いた。

「よし読むぞ」と思ったけど、30分ほどで妻が「猫が心配だから帰ろう」と言い出して、その日の読書は終了。

家に帰ってどうしたか。

「読書脳」はバッグに入れたまま、ソファに寝転んでYouTubeを開いた。そのままPS5のゲームを始めて、気づいたら夜。「あの本、あとで読まなきゃ」という気持ちはうっすらあった。でも「また明日でいいか」と自分に言い聞かせながら、コントローラーを握り続けていた。

翌日、手を伸ばしたかって?正直あまり覚えていないけど、たぶん触っていない。結局、仕事の隙間時間や休日にちょっとずつ読み進めるかたちになった。

ここで気づいてほしいのは、私が買ったのは「読書脳」——読書の仕方を改善するための本だということ。

その本すら読めなかった。読書に集中するための本が積読になりかけるという、笑えない現実。

でも今なら分かる。

あれは意志が弱いとか根性がないとかじゃなくて、脳の仕組み上、起こるべくして起こっていたことだった。

読書に集中できない本当の原因は「脳の仕組み」だった

じゃあ、なぜ集中できないのか。

結論を先に言うと、意志力とか根性の問題じゃなくて、脳の仕組みの問題です。

スマホに慣れた脳は、長い文章を処理できなくなっている

普段、自分が1日の中で触れている情報を考えてみてください。

Twitterの140文字

Instagramのリール動画

LINEの短いメッセージ

TikTokの数十秒の動画

YouTubeのショート動画

全部、短い。

脳には「よく使う神経回路を強化する」という性質(神経可塑性)がある。だから毎日こういう短い情報を何百回、何千回と処理しているうちに、脳が「短い情報を高速で処理する」ことにどんどん特化していく。

その結果どうなるか。数百ページの長い文章をじっくり読むということに、脳が対応しにくくなる。短い情報に慣れきった脳にとって、本の長文は「処理が重すぎるデータ」。だから途中でフリーズしたり、勝手に別のことを考え始めたりする。

私の場合、仕事から帰ってソファやベッドに倒れ込んで、YouTubeのサジェスト動画を「次の動画」「また次」と流し続けているうちに気づいたら2時間が消えている——そういう夜がずっと続いていた。本を読もうとしてもPS5を始めてしまい、気づいたら深夜。そういう習慣の積み重ねが脳を「短い情報モード」にロックさせていたんだと、今ならよく分かる。

そもそも「活字を読む」こと自体が、脳には重い

もう一つ知っておいてほしいのが、そもそも「文字を読む」という行為自体が、脳にとってかなりの重労働だということ。

小さい頃から読み書きを習ってきたから「読む」のは当たり前に思えるけど、人類の歴史で見ると文字はかなり「新しい」ものなんです。

人類が言葉を話し始めたのは数十万年前。でも文字が発明されたのはたったの5,000年ほど前。進化のスケールで言えば、ほんの一瞬。つまり、脳は「話す・聞く」ために何十万年もかけて進化してきたけど、「文字を読む」ためにはまだ最適化されていない。

だからYouTubeや映画みたいな「見る・聞く」コンテンツには何時間でも集中できるのに、活字は15分で限界がくる。これは脳の進化の歴史を考えれば、ごく自然なこと。

これを知ったとき、けっこう救われた。「読書に集中できないのは自分がダメだからじゃなくて、そもそも人間にとって高度な作業なんだ」と。

集中力の限界は思っているより短い

脳科学の研究でよく引用されるデータとして、「人間が高い集中力を持続できる時間は約15分程度」というものがある。

さらに驚くのが、2015年にMicrosoftが発表した研究。現代人が一つのことに注意を向け続けられる時間は、平均でわずか8秒だそうだ。ちなみに金魚は9秒。金魚以下。

もちろん「読書できる時間が8秒」という意味ではないけど、注意力がどれだけ短くなっているかは分かる。

ただ、「人間の集中力は必ず15分が限界」と断言するつもりはない。私自身も日によっては1時間近く読めることもあれば、15分で限界の日もある。体調・疲労度・その日の気分で、かなりばらつきがある。

要するに、「何時間でも集中できて当たり前」という前提が間違っているということ。集中が切れたら少し休んでまた開く。

それで十分。

自分を責める前に知っておいてほしいこ

ここまでの話で、集中できないのは脳の仕組みが原因だと分かった。

ここからはもう少し踏み込んで、よくある不安に答えていく。

「病気かも」は、たぶん違う

知恵袋やネットの掲示板を見ると、「読書に集中できないのはADHDですか?」「発達障害かもしれません…」という不安の声がけっこう多い。

一つだけ気づいてほしいことがある。

「ADHDかもしれない」と心配しながら、スマホでその症状を1時間以上調べ続けられる——これ、集中力がない人にできることだろうか? 興味のある情報にはちゃんと集中できている。はっきり言って、読書が苦手なのは集中力そのものの問題じゃなくて、コンテンツの形式の問題である可能性がかなり高い。

ここまで書いてきたように、スマホに慣れた脳が活字を処理しにくくなっているだけ。「現代を生きるほぼ全員に共通する脳のクセ」であって、病気のサインではない。

(もちろん日常生活全般に支障が出ている場合は、専門家に相談した方がいい。ここで言っているのは「読書のときだけ集中できない」というケースの話。)

ゲームに3時間集中できるのに本は15分で限界。なぜか

「読書には集中できないのに、ゲームなら3時間ぶっ通しでやれるんだよなぁ…」

私はめちゃくちゃこれ。PS5をやっていると体感30分のつもりが3時間経っている。YouTubeも「次の動画」と流されているうちに深夜になっている。なのに本だと15分で意識が飛ぶ。

理由はシンプルで、メディアの特性がまったく違うから。

映画やゲーム、YouTubeは「受動的に情報が流れてくる」メディア。映像と音声が自動で流れてきて、脳は受け取るだけでいい。ストーリーの展開や効果音が勝手に刺激を与えてくれるから、意識しなくても注意が引きつけられ続ける。

読書は逆。「能動的に情報を取りに行く」必要がある。 自分の目で文字を追い、頭の中でイメージを組み立て、内容を理解して、記憶に定着させる。全部自分の脳がやらないといけない。

要するに、ゲームは「脳がラクできる」のに対して、読書は「脳にフル稼働を強いる」。だから読書の方が疲れるし、集中が切れやすい。怠けでもサボりでもなくて、メディアの特性の違い。それだけのこと。

自分を変えるんじゃなくて、読み方を変える

ここまでの話を踏まえて、一番大事なこと。

「集中できない自分」を変えようとするんじゃなくて、「読み方」を変えればいい。

私はずっと「集中力のある自分になろう」と思っていた。根性で読もう、意志力で集中し続けよう、と。でもそれは脳の仕組みに正面から逆らおうとしていたわけで、うまくいかなくて当然だった。

転機は、あの日丸善で買った「読書脳」。

サンマルクカフェで30分読んだ後は、仕事の隙間にちょっとずつ読み進めるかたちになったわけだけど(笑)、気づいたことが2つある。

①速読は無意味だった

樺沢先生は本の中で「速読」を真っ向から否定していた。先生がすすめるのは「深読(しんどく)」——ゆっくり1冊と向き合い、深く理解しながら読むこと。「本はサクサク読めなきゃダメ」と思い込んでいた自分にとって、この一言でかなり楽になった。

②アウトプットしないと、誰でも忘れる

これが一番の衝撃。先生いわく、「本を読んでもアウトプットしなければ、どんな人でも忘れる」。そして「1週間以内に3回アウトプットすると記憶に定着する」と。

つまり私が「3ページ読んでも何も覚えていない」状態だったのは、「読んで終わり」にしていたから。記憶できないのは読み方の問題じゃなくて、読んだ後の問題だった。

あと面白かったのが「汚読(おどく)」という読み方。本にどんどん書き込んで”汚く”していく——気づいたことをメモしたり、思ったことを欄外に書いたり、「いやこれは違うだろ」と反論を書いたり。それ自体がアウトプットになるという発想。

今、私が実際にやっているのは気になった箇所に線を引いて、余白に自分の感想を書き込むこと。読みながら手を動かすと、脳がちゃんと「考えて」くれる感覚がある。以前の「文字を目で追っているだけ」とは明らかに手応えが違う。

15分で集中が切れるなら、15分で区切ればいい。速く読めなくても、深く読めばいい。余白に書き込むだけで記憶は定着する。

自分を変えるんじゃなくて、やり方を変える。

正直に言うと、今の私のペースはだいたい1週間で半冊くらい。目標の「週1冊」にはまだ届いていない。1日1ページでも読めればいいと思っているけど、1ページも開かない日もある。

でも、それでいい。

以前は「本を開く→3ページで意識が飛ぶ→どうしたらいいんだ」というループだった。今は少なくとも「本を読む習慣がついてきた」という実感がある。読まない日があっても、「また明日読もう」と思えるようになってきた。

完璧じゃなくていい。やめなければ前に進んでいる。

具体的な「読み方の変え方」は関連記事で詳しく書いているので、そっちもぜひ読んでみてください。

まとめ

読書に集中できない原因をまとめると、こういうことになる。

  • スマホに慣れた脳が、長い文章を「重すぎるデータ」として処理できなくなっている
  • そもそも活字を読むこと自体が、脳にとって高度な作業
  • 集中力には波がある。読める日も読めない日もあって当たり前

能力が低いわけでも、意志が弱いわけでも、病気でもない。脳の仕組みの問題。

最後に、過去の自分にも言いたいことをそのまま書く。

本を読む習慣がない人が、いきなり本を読んでも途中で挫折するのは当然。 走ったことがない人がフルマラソンを完走できないのと同じで、読書にも慣れが必要なんだから。

気負わなくていい。もっと気楽に本を読んでほしい。

1ページで閉じてもいい。途中でやめてもいい。「今日はなんか読めないな」という日があってもそれは普通のこと。

大事なのは、やめないことだけ。

この記事が少しでも気持ちを軽くできたなら、うれしいです。

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